ユーノス・ロードスター NA6CE

ある日、お客様がポツリと「ユーノス・ロードスターに乗りたい」

これこそ、我が意を得たり。というのも、僕もロードスターが好きで、長い期間乗っていたからです。僕のあとは、全塗装し直し、内装を入れ替え、ハードトップを載せて家内と娘が乗り継ぎました。エンジンもオーバーホウルし、25万キロほど乗りました。彼は彼で、兄上が若いころに乗っておられ、いつしか憧れのようなものを持っていたそうです。

僕が好きだったロードスターは初代のNA6CE。なんといっても、割り切り方が潔い。当時のマツダはロードスターが世界的な大ヒットになるなんて思いもしなかったでしょう。開発グループは人数も少なく、1点豪華主義的な部品を除けば、コストを抑えるためでしょう、あちこちに様々な割り切りが見られます。また、クルマの性格付けも、顧客に媚びるのではなく、自分たちが作りたいクルマを作った、という印象を強く持ちます。マツダだからこそ生まれたクルマと言うこともできるでしょう。素晴らしいクルマを作るけれど、いつも soul を積み忘れる某社からは、ひっくり返っても出てこない。加えて、時代的に、そういうクルマが世界市場から姿を消していたことも幸いしたのでしょう、世界的な大ヒット作になり、様々なメーカーが後を追いました。誰よりも驚いたのはマツダ自身ではなかっただろうか。もちろん、設計陣は「してやったり」とほくそ笑んだでしょう。

彼はマツダ・ディーラーへ最新のロードスターを試乗しに行ったそうです。その昔、広告で「最良のポルシェは、最新のポルシェ」というコピーがありました。もちろん、機械として最もよくできているのは、常に最新モデルであることは論を待ちません。しかし、最良のクルマが、最も楽しいクルマかというと、必ずしもそうではありません。楽しいかどうかは、ドライバーの技術にも、感覚にも、そしてサイズにもよるからです。最新ロードスターの印象は、「普通のクルマ」だったそうです。どうしても、いまのクルマは、いまの目で見てしまうからでしょう。それは僕も同じです。思い入れのあるクルマとはフェアな比較はできません。

どのような商品でも、一度大ヒットすると次からの世代は「同数以上のセールス」が義務になります。開発グループは充実し、セールス側の意見も、たとえば米国市場では、なんて話も無視できません。最初は考えなくてもよかった他社との競争も考えなくてはなりませんし、より広い顧客層に満足してもらわなくてはなりません。コアな顧客の殆どは初代を買ってしまっています。より広い顧客層を対象にしなくてはならないのは二代目以降の宿命です。初代のように、作りたいクルマが作れなくなり、様々な部分に「妥協の産物」が散見されるようになります。それは二代目以降のロードスターを見ればよく分かります。それがメーカーや顧客にとって良いことか悪いことかは別として、少なくとも個性は薄まります。だからこそ、初代が好きな人は、いつまでたっても初代から離れられないのです。

ということで、NA6CEを作ることになりました。最初にすることは、ベースになるクルマを探すことです。ベース車両は、どうせ全部やり直すのですから、状態の良いクルマである必要はありません。しかし、事故跡など致命的な問題のあるクルマでは、かえって時間(費用)が掛かってしまいます。我が家のロードスターは数年前に、ブレーキなど一通りの整備をして、7万円でマニアの方に引き取っていただきました。ですから僕の頭の中には10万円ぐらいという感覚があったのですが、なんとヤフオクも含め、全国探しても、そんな価格では1台も見つかりません。中古車の輸出をしている会社が、少しコマシだと15万円ぐらいで買っていくそうです。出てくるのは30万円前後の中途半端な状態のクルマばかりです。最も避けるべきは、安い全塗装が掛けられているクルマです。下地処理が悪いため、いくらその上から良い塗装を掛けても、下から浮いてきますので、どうしようもありません。良い塗装をするためには、掛けられている質の悪い塗装をすべて剥がさなくてはならないため、かえって結構な手間(費用)が掛かってしまいます。諦めかけていたところ、書類付きで、左右フロント・フェンダーなどが欠品だという部品取りが出てきました。さっそく見に行ったところ、小さなヘコミはあるものの、致命的な事故跡もなく、十分以上にレストアラブルな状態でした。このクルマを引き取り、中古部品で欠品を揃えました。

まずはヘコミを板金し、左右フェンダー取り付け部に出ていた錆を処理します。別々に買ってきた左右フェンダーも補修します。オリジナルのフェンダー・マーカーは格好悪いので穴を埋め、格好良いマーカを付けることにします。もちろん、裏も錆を取って薄めたボディ・シュッツ(3Mのアンダー・コート)を吹きます。これで防錆もバッチリです。

オーナーが選ばれた色は、かつて父上が乗っておられたポルシェのアマゾン・グリーンと呼ばれた色に決まりました。シッケンズで色を再現しますと、細かいメタリックで、グリーンとブルーの中間のような、キレイな色でした。淡色だと寂しいので、センターに白のラインを入れることにしました。ボンネットを開けたときに色が違うと悲しいので、エンジン・ルームも塗装します。ボンネットの中の部品をすべて外すのは、結構な手間です。同時に、錆の出ている部分の錆取りをし、錆止めがわりにサフを吹いていきます。これも結構、面倒くさい。

次にボディのあちこちにある小さなヘコミやプレス時の「引け」、下回りにあったヘコミを修理します。ドアやステップに吹き付けてあったアンダー・コートは格好悪いので剥がします。パネルの端っこには浅い「引け」があります。左右ともにありましたので、金型代をケチッたんじゃないの、なんて思ってしまいます。シャープなパネルを作るには、プレスの圧力を上げますので金型も高くつきます。幌の後ろのパネルにも、ごく浅い「引け」があります。これはプレス時のものでしょう。こうした小さな部分を丁寧に拾うのは延々と手間が掛かりますし、やっていても面倒くさいのですが、面がキレイになりますと、クルマの品格がグンと上がります。一般的には、ほとんど気に掛ける方もおられませんが、見る方が見れば違いは一目瞭然です。手は抜けません。

色が濃い目のグリーン系ですので、サーフェサーは黒を使います。それを研磨しながら表面にブースの蛍光灯が映るまで磨き込みます。これも実に面倒くさいのですが、塗装の出来は下地で決まります。

次にボディ色と白のラインを塗装します。まだ磨いていませんが、真っすぐの蛍光灯が真っすぐ映るかどうかがポイントです。

ボディとは別に、エンジンとミッションをフル・オーバーホウルします。エンジンはフライホイールも含め、バランス取りします。特にマツダのピストンはバラツキが大きく、我々は1/100グラム単位で重量を合わせますが、マツダの場合はピストン+コンロッドで、平気で2グラムぐらい違います。バランスを取ったからと言って、パワーが増えるわけでもありませんが、スムースな吹き上がり、ストンと落ちる吹き下がりは乗っていて楽しいものです。と言っても10分も乗ると慣れてしまいますが。

ミッションは、経験的に、あまり丈夫ではないようです。僕のロードスターも同様でしたが、シンクロ・スリーブがヘタっていました。シンクロだけでなく、ベアリング等も交換しておきます。いままで2碁しかオーバーホウルしたことはありませんが、2碁とも同じ部分がヘタっていましたので、偶然とも考えにくい。

我々は「時間」が商品のようなものです。作業の対象がフェラーリであれ、軽自動車であれ、作業時間が同じであれば、費用も同じです。こんな車に、そんな費用を掛けるのか、と思われる方もおられるでしょうが、価格と価値は違う概念です。価格は、例えば100万円は誰にとっても100万円です。しかし、価値は極めて個人的な評価であり、ときとして価格に置き換えられない場合もあります。誰でも買えるものと、すべてを自分の好みに合わせて作らせたものとでは、その価値は大きく違います。我々の仕事は、お客様の夢を形にすることです。

「その2」に続きます。