魚料理

先日、ちょっとした機会があり、日本海側まで魚料理を食べに行きました。

そもそも、料理に大切なのは素材と技術と感性(センス)です。そのいずれが劣っていても美味しい料理にはなりません。よくあるのが、素材さえ良ければ料理は美味しいという思い込みであり、特に、魚料理では顕著だと思います。お造り(刺身)だって、鮮度だけでなく、処理や出てくるときの温度、わさび、醤油、ポン酢などの質や味によって、「料理」としての評価は大きく異なります。単に新鮮な魚を切って出せば美味しいわけではありません。魚の美味しい民宿で、練りわさびが出てきたり、醤油がマズくてガッカリしたこと、ありませんか? とは言え、活イカの刺身は関西ではなかなか食べられませんので、こればかりは現地に行かなくてはなりません。ただし、わさびと醤油(個人的にはそうめんダシと生姜)を持参しなくてはなりませんが。

煮つけ。これは関西とほかの地域では、かなり味付けが異なります。前に太平洋に面した某県の県庁所在地で、現地人から最も美味しいと推薦を受けた魚料理屋さんで食事をしました。確かに、出てくる魚はすべて感動するほど美味しく、関西からだと3時間程度ですので、その後も家族ともども何度も伺いました。ところが、おそらく10度目ぐらいの訪問で初めて煮つけを頼むと、これが我が家の家族が慣れ親しんで「美味しい」と感じる調理法とは程遠かった。味が濃かっただけでなく、煮過ぎて身が少々硬かった。関西では、それほど火は通しません。料理には「好み」という要素もあります。

兵庫県の日本海側でも、すべての魚料理が美味しいと感じる店は多くありません。某駅の駅前にある、安くて美味しいと言われる超有名食堂は、たしかに魚は新鮮ですし、3人で食べたいものをすべて注文しても、神戸あたりだと一人分の価格以下でしょう。しかし、調理は見るからに荒っぽく、純粋に「味」だけで評価すると、少なくとも高ランクではないと思います。

今回は、初めての訪問でしたが、創業85年の「かなり美味しい」と言われる店で食事をしました。料理人は京都の某有名店で修業されたそうです。さすがに日本海だけあって、神戸あたりでは食べられないものがあったり、同じものを食べると、おそらく倍近くのお支払いになるのではないかと想像する内容でした。同行者が前日に電話して食べたいものを伝えていただけに、八寸、造り、煮魚、冷製茶碗蒸し、椀物、焼き魚などなど、まさに期待通りでしたが、最後の寿司が実に残念でした。白ゴハンや炊き込みゴハンではなく、せっかくだからと握ってもらったところ、期待外れ。最後だっただけに、なんだかガッカリ感が残ってしまいました。締めはゴハンにしておけばよかった。あまりにもガッカリしましたので、帰り道、夕食に個人的に美味しいと思う寿司屋に立ち寄ったところ、なんと、お休み。仕方がないので、馴染みの寿司屋に回ったら、連休最終日の夜だったため、好きなネタが何もない。とことん寿司に見放された1日になりました。

クルマも料理と同じではないかと思います。せっかく面白いクルマに乗っているのに、きちんと手を入れていないために、その面白さが十分に味わえないことが多々あります。クルマは機械部品の集合体です。使えば摩耗もしますし、年数がたてば劣化もします。そのクルマの「最も美味しい部分」を味わうには、それなりのメインテナンスが必要ですし、それには経験と技術が必要です。面白いと言われるクルマを持っているだけでは、持っている価値の半分も楽しめません。いくら新鮮な魚を買ってきても、料理が下手だと美味しくないのに似ていますね。

餅は餅屋。寿司は寿司屋で、というのが今回の教訓でした。